Vol.372 07年11月3日 週刊あんばい一本勝負 No.368


秋の夜長は、寝床で本!

 「週刊ニュース」を1週間、飛ばしてしまいました。言い訳をさせてもらうと、とにかく山や旅やシンポジュームなどで外に出て、机に向かう時間が少なかったためです。ごめんなさい。でも不思議ですね。外をほっつき歩くようになると本をよく読むようになりました。いつもより2時間ほど早めに寝床に入って、昨晩の続きを読む楽しみが、蘇りました。「読書の秋」って、昔の人はうまいことを言ったものです。秋だから面白そうな本に出会うのか、秋の夜長と本の相性がいいだけなのか、よくわかりませんが、この時期になると各出版社とも話題作(エース)を投入してくるのは確かなようです。
 久しぶりの遠方への出張(鳥取)で、電車や飛行機の中ではひたすら村上春樹『走ることについて語るときに僕の語ること』(文藝春秋)を読み、秋田に帰ってからもう一度読み直しました。「昨日の自分をわずかにでも乗り越えていくこと、それがより重要なのだ。長距離において勝つべき相手がいるとすれば、それは過去の自分自身なのだから」という村上のランニング・エッセイである。この人の小説は難解でほとんど意味がわからないのに、翻訳(「キャッチャー・イン・ザ・ライ」や「グレート・ギャヅビー」)やエッセイは本当に面白い。
 探検作家なのにまったく探検しない『怪魚ウモッカ格闘記』(集英社文庫)も大笑いしながら読了。あの『幻獣ムベンベを追え』の高野秀行のノンフィクションだが、冒険が面白いのはそのプロセスであり心意気と無鉄砲さにあることを証明してくれた1冊である。高野さん、腕を上げたねェ、とほめてあげたくなる。最近のお笑いブームの中で、この人たちは目立たないなあ、と思っていた「いつもここから」というお笑いコンビの片割れ山田一成が書いた『心のままに』(毎日新聞社)もいい。作家として才能を感じさせる点では「劇団ひとり」より上かも。暴走族ネタを茨城なまりでやっていた、あのさえないお笑いコンビが、こんな才能を持っているなんて、人間ってわからない。同じくこれも若い人だが前田司郎『グレート生活アドベンチャー』(新潮社)。若者言葉満載の饒舌体小説で、よく理解できないのだが、物語の核が動かないぶん少なくとも岡田利規『わたしたちに許された特別な時間の終わり』よりは小説世界に入りやすい。あと本谷有希子という作家もいるけど、近い将来、大きな文学賞をとりそうな人たちの多くが「若き演劇界の旗出」といわれる共通項があるのは、なぜ?。最後は、上原隆『胸の中にて鳴る音あり』(文藝春秋)。『友がみな我よりえらく見える日は』でコラム・ノンフィクションの第一人者として躍り出た人だが、その後の本にはばらつきがあり、なおかつ上杉隆という似た名前の政治ノンフィクションの書き手と混同されたり精彩を欠いたのだが、久しぶりに原点に還った最新作を刊行。はちきれんばかりの期待で読み始めたのだが、やはり初期作品のような感動が蘇がえることはなかった。残念。
(あ)

No.368

借金取りの王子(新潮社)
垣根涼介

 この人の「ワイルド・ソウル」はおもしろかった。ブラジル日系人の冒険アクション小説なのだが、その手の本では最高峰といっていい内容だった。アクションやミステリーが苦手でも、この作家の正確なディテール描写なら許せる、というぐらいの出来だった。本書はアクションとは一転、リストラ請負人のクビ切り面接官を主人公にしたエンタテインメントである。デパートや生保、金融やホテルのリストラを請け負い、そこの現場で起きる出来事を縦軸に、面接官と相手との攻防を実に見事に物語りに仕上げていく。その手際の見事なこと。やはりそんじょそこらの作家とは一味違う。題名が不可解(サラ金関係者が主人公なのかな、と思わせる)だったが、全5章立て連作中の1章分のタイトルを全体の題名にしたもの。当然、この題名の章がダントツにおもしろかった。サラ金に就職したエリート社員とヤンキー上がりの上司の恋物語なのだが、これが泣かせる。この章には主人公のクビ切り面接官はほとんど登場しない。このへんの自由自在さ、臨機応変さがいい。「連作」の枠を壊しても平気なのだ。この本はシリーズの続編で、この前に第1作「君たちに明日はない」という作品がある。まだ読んでいないが、主人公の恋人である陽子との出会いが、この1作目に書かれているらしい。もちろん1作目を読んでいなくとも、十分楽しめる構成になっている。

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