Vol.389 08年3月1日 週刊あんばい一本勝負 No.385


奇蹟の2月のこと

 思いもかけないこと、というのを体験してしまった。  2月末日、いつものように2つの取引のある印刷所に支払いをするべく、その金額を経理に伝えると、「F印刷はもう残債がありません」と言われた。えっ印刷所の残債がない?なにそれ。
 無明舎をはじめて35年余、こんなことは一度も経験がない。来る日も来る日も、月末は印刷所の支払いが待っている。これは決まりきったことで、それをクリアーして経営者の1ヶ月はようやく終わるのだ。逆に言えば月末の印刷所への支払いが終わらなければ、一息つくことはできないようになっている。
 それが2月は支払いゼロだという。こんなことは35年の仕事人生ではじめてだ。
 F印刷は無明舎を旗揚げした時から付き合いのある会社だ。20年程前には残債が3千万を越えたことがあり、さすがにそのときはお偉いさんがきて、「手形を切ってください」と目の前で直談判された。親父が手形で苦しむ姿を少年のころ何度も見ていたので「手形は使うまい」と心に決めていたが、あの時はにっちもさっちも行かず、手形を切った。忘れられない出来事だ。
 その手形事件も含めて、月末の支払いが「なし」だったという月は1度もなかったから、やはりこの2月は「奇蹟の月」といっていいのかもしれない。
 3月には新刊や増刷や雑誌類の印刷物がどっさり納品になるから、来月からはまた通常の月末支払いが待っているので、喜んでばかりもいられないが、まずはこの奇蹟の2月を、自分ひとりでひっそりと寿いでいるところです。
(あ)
酒田駅前の飲食街。こんな飲み屋通りが少なくなっていく
話題の福島・矢祭もったいない図書館です。このレポートは後日
後ろの山がリンゴ畑の上にある金峰山(横手市)

No.385

全ての装備を知恵に置き換える(晶文社)
石川直樹

 タイトルもいいし、平野甲賀さんの装丁もいい。著者は77年生まれ、というからまだ30歳そこそこ。若くして世界7大陸最高峰登頂という輝かしい経歴の持ち主なのだが、本書を読むとすぐに、この男、ただの冒険家ではない、とわかる。カバーする知や行動の領域が人類学や民俗学にまでひろがり、写真家としても一家を成している。問題意識が冒険家といわれる人たちよりも一回りも二回りも、大きいのだ。本書にも山登りの苦労話や自慢げな登頂エピソードは一切出てこない。なにしろ金字塔である7大陸最高峰の登頂に関しての記述はほとんどない。もう過去のこと、とでも言わんばかりだ。本書全体が「海」「山」「極地」「都市」「大地」「空」という6章構成になっている。いろんな雑誌に書いた小さな文章をあつめ、編集者がそれを再構成したものだろうか。残念ながら「あとがき」に担当編集者の名前が記されていない。晶文社のN社長が亡くなったあたりの刊行なので存続問題が取りざたされた時期なので、そのあたりの事情もあるのかも。それにしても植村直己以後、久々にスター冒険家の登場である。それもこれまでの旧態依然とした冒険家のイメージとは180度スタイルのかわった若者が彗星のごとく現れた感じだ。もしかすると冒険家という枠には収まりきらない「行動する表現者」として、新しい領域を築く存在になるかもしれない。

このページの初めに戻る↑


backnumber
●vol.385 2月2日号  ●vol.386 2月9日号  ●vol.387 2月16日号  ●vol.388 2月23日号 
上記以前の号はアドレス欄のURLの数字部分を直接ご変更下さい。

Topへ