Vol.393 08年3月29日 週刊あんばい一本勝負 No.389


年度末なのに本と映画ばかり

 月末になって、ようやく新刊2点が出来てきた。長い時間をかけて力を込めてつくった本(『六十里越街道』と『超積乱雲』)なので、ちょっぴり陣痛を懐かしく思ったりしている。月初めに『東北ふしぎ探訪』の増刷があったきりだから、新刊のインクの匂いをかぐのはけっこうひさしぶりだなあ。
 今月は普通の月末ではなく、お役所で言うところの年度末。月日の経つのは早い。増刷を足しても3点の本しか出せなかったが、個人的には雪山に3回出かけたし、3ヶ月ぶりに再開したエアロビクスに7回も通っている。忙しくなかったせいもあるのだろうが、すごく本も読んだし、映画(レンタルDVD)も観た。年度末なのに、あんた何やってるの、と言われそう。

 本も映画も「自分系」をわざとはずしたところに、面白いものが隠れていた。山岳救助ボランティア・三歩が超人的な活躍をするコミック『岳』は単行本になった6巻全部を読んだ。全編泣かせるストーリーだが、山仲間に聞くと「人が簡単に死にすぎ、主人公はほとんどスーパーマンでリアリティはゼロ」と評判はよくなかった。なるほど,そういわれれば、ひたすら、あざとく読者の涙腺をゆるませることに全力を使い切っているような印象もある。でも漫画だからなあ……。本では有川浩著『阪急電車』と朝倉かすみ著『田村はまだか』。どちらも小説の構成として一番好きな、物語の筋がつながっている連作短編集で限られた時間、空間のなかでストーリーが展開される。好きだなあ、こういう構成の小説。映画のほうは橋本忍脚本、仲代達矢主演のモノクロ時代劇『切腹』が驚く構成で、ダントツに面白かった。これは橋本の本、『複眼の映像―私と黒澤明』を読んで触発され観た。ウディ・アレンの新作『タロットカード殺人事件』はガッカリだったが、『かもめ食堂』がそこそこだった萩上直子監督の『めがね』は、すごく面白かった。
(あ)

No.389

モンスターマザー(光文社)
石川結貴

 この人の「家族は孤独でできている」(毎日新聞社)は面白かった。特に若い母親とその子どもの食生活に関するエピソードには、本当に驚いた。世の中そこまで行っているのか、とこの本ではじめて知った。その人が書く本だから面白くないはずはない。題名の通りテーマは前作のその母親と子どもに焦点を当てたもの。芥川賞作家の藤原さんとか香山リカさんも「キレる大人」をテーマにした本を出しているが、本書は若い母親にスポットを当てて視点が拡散しないことに成功している。この著者がいいのは、そのテーマのしぼり方もあるが、問題ある世相を、「分析」するより被取材者と同じ目線で「取材」していること、につきる。そしてエピソードが実に豊富なこと。この豊富なエピソードを読むだけで読者は圧倒され、いろんなことを考えてしまう。藤原氏や香山氏の本がきわめて論理的で、その分析力が本の価値になっているのに比べて、この著者はとにかく足で勝負をしているのだ。世相の分析だけでわかったような気になったり、思考中止をしてしまう恐れはない。運動会でピザを出前注文したり、娘に「誘惑メイク」を教えたり、受験不合格を学校の責任と詰め寄るバカ母親たちの「自己愛」パワーを淡々と記述しているのだが、その舞台裏では15年間で、のべ3千人の母親を取材している、というのだから圧倒される。

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