Vol.408 08年7月12日 週刊あんばい一本勝負 No.404


黒百合・バード・イトウの恋

先週の土曜日、友人の山形Sカメラマンと2人で月山に登った。あいにくの雨だったが山頂で黒百合を見ることができた。珍しい花、と聞いていたので写真にとり、秋田で山仲間に自慢しようと思ったのだが、そのデジカメを紛失してしまった。下山してから車の屋根にデジカメを置き、そのまま忘れて走り出し山道のどこかに落としてしまったのである。チョー恥ずかしい。1年ほど前、同じく登山靴(!)を車の屋根に乗せたまま走り、秋田市内をしばらく走ってから気がついて車を止めると片っ方の靴は奇跡的にちゃんとあった。急いで同じルートを引き返すと、路上に落ちていたもう片っ方も発見、ことなきを得たのだが、車の屋根にはものを乗せるなバカ、といったところです。
ここ1ヶ月ほど編集長のAは不在で、ほとんど顔を見ていません。2週間にいっぺんほど2,3日事務所に帰って来るのですが、またすぐに長期出張に出かけてしまいます。東京から北海道までイザベラ・バードの跡をたどってライターと共に旅をしているのです。バードの『日本奥地紀行』は名著ですが、いい本という以前に強烈なバードの個性が際立っていて、面白い読み物にもなっています。今回の取材でいくつか驚くような新発見もあるようですが、自分の会社のことながら、早く本になって欲しいものです。旅の途中に秋田に立ち寄った(?)ライターのI氏ともお酒を飲んだのですが、話題はもっぱらバードのことばかり。なかでも同行の通訳兼秘書であるイトウこと「伊藤鶴吉」のこと。日本近代史のなかに名前が出てくる人物にもかかわらず、彼に関しての資料が皆無という謎の人物だ。イトウはどんな青年だったのか、でたらめな想像力で彼のことを論じていると、あっという間に時間は過ぎてしまう。とにかく不可思議で魅力的な人物であることは確か。
この謎の人物イトウに目をつけた作家が、「FUTON」で衝撃的なデビューをした中島京子。まだ40代前半の若さで、このイトウを主人公にした『イトウの恋』(講談社文庫)という小説を書いている。このフィクションは「イトウの手記が発見された」という、バードに興味がある人ならひっくり返ってしまうような「虚構」から物語がはじまる。さらに18歳の日本人青年と47歳の英国人女性を恋させてしまう、という、とんでもない作家の想像力の産物なのだが、さすがリアリティというか読者をむんずとひっ捕まえて離さない力量にはうなってしまう。この若さで田山花袋の代表的な小説を換骨奪胎したり、バードの通訳に白羽の矢を立てたり、という作家的企てぶりは、才能そのものといっていいのかもしれない。
(あ)

No.404

寿司屋のかみさんとっておきの話(講談社文庫)
佐川芳枝

 なにかのきっかけで「寿司屋のかみさんシリーズ」を読み始めたら、やめられなくなってしまった。なぜこんなに面白いんだろう。いや面白いというのは当たっていない。食べ物にたとえるならハレの日の鮨ではなく、毎日食べているお惣菜のような「本」なのだ。飽きないし、目の前にあると食べたくなる。飽食の危険もないし、着色料も少なく安全……そんな印象を持つ本だ。それにしてもこのシリーズは何冊あるのだろう。大手の出版社がこぞって文庫を手がけているので、その人気の高さはわかるが、重複しているものも少なくないようだ。出版社が「こぞって」出したがる理由は、一話が短く、飾りのない暮らしや仕事場の様子が、気負いもてらいもなくつづられていることだろう。まるでその店に行ったような臨場感があるし、よくわからなかった寿司屋の舞台裏がよく書かれていること、なども理由だ。作家としてアマチュアであるという視点がぶれてないのも、編集者や読者に好印象を与える。それにしても最近寿司屋に行かなくなったなあ。町内にある寿司屋にフラリとはいって、よく飲んでいた時期もあったが、ある事情でその店に行かなくなると同時に、寿司屋そのものに足を向けなくなった。鮨はやはり高級品。1回の飲食で1万円は覚悟しなければならない、となるとそう簡単に足は向かない。

このページの初めに戻る↑


backnumber
●vol.404 6月14日号  ●vol.405 6月21日号  ●vol.406 6月28日号  ●vol.407 7月5日号 
上記以前の号はアドレス欄のURLの数字部分を直接ご変更下さい。

Topへ