先週の土曜日、友人の山形Sカメラマンと2人で月山に登った。あいにくの雨だったが山頂で黒百合を見ることができた。珍しい花、と聞いていたので写真にとり、秋田で山仲間に自慢しようと思ったのだが、そのデジカメを紛失してしまった。下山してから車の屋根にデジカメを置き、そのまま忘れて走り出し山道のどこかに落としてしまったのである。チョー恥ずかしい。1年ほど前、同じく登山靴(!)を車の屋根に乗せたまま走り、秋田市内をしばらく走ってから気がついて車を止めると片っ方の靴は奇跡的にちゃんとあった。急いで同じルートを引き返すと、路上に落ちていたもう片っ方も発見、ことなきを得たのだが、車の屋根にはものを乗せるなバカ、といったところです。
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ここ1ヶ月ほど編集長のAは不在で、ほとんど顔を見ていません。2週間にいっぺんほど2,3日事務所に帰って来るのですが、またすぐに長期出張に出かけてしまいます。東京から北海道までイザベラ・バードの跡をたどってライターと共に旅をしているのです。バードの『日本奥地紀行』は名著ですが、いい本という以前に強烈なバードの個性が際立っていて、面白い読み物にもなっています。今回の取材でいくつか驚くような新発見もあるようですが、自分の会社のことながら、早く本になって欲しいものです。旅の途中に秋田に立ち寄った(?)ライターのI氏ともお酒を飲んだのですが、話題はもっぱらバードのことばかり。なかでも同行の通訳兼秘書であるイトウこと「伊藤鶴吉」のこと。日本近代史のなかに名前が出てくる人物にもかかわらず、彼に関しての資料が皆無という謎の人物だ。イトウはどんな青年だったのか、でたらめな想像力で彼のことを論じていると、あっという間に時間は過ぎてしまう。とにかく不可思議で魅力的な人物であることは確か。
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この謎の人物イトウに目をつけた作家が、「FUTON」で衝撃的なデビューをした中島京子。まだ40代前半の若さで、このイトウを主人公にした『イトウの恋』(講談社文庫)という小説を書いている。このフィクションは「イトウの手記が発見された」という、バードに興味がある人ならひっくり返ってしまうような「虚構」から物語がはじまる。さらに18歳の日本人青年と47歳の英国人女性を恋させてしまう、という、とんでもない作家の想像力の産物なのだが、さすがリアリティというか読者をむんずとひっ捕まえて離さない力量にはうなってしまう。この若さで田山花袋の代表的な小説を換骨奪胎したり、バードの通訳に白羽の矢を立てたり、という作家的企てぶりは、才能そのものといっていいのかもしれない。
(あ) |