Vol.439 09年2月14日 週刊あんばい一本勝負 No.434


還暦の日に考えたこと

2月11日建国記念日の祝日に近所の三吉神社に「還暦年祝い」に行ってきた。友人のFさんに誘われた。Fさんには42歳の「厄払い」も誘われ、一緒にこの神社でお祓いをしてもらった。同い年で市営バスの運転手である。おもしろいことにFさんはクリスチャンなのだが、全然そんなことを気にしないのがおかしい。42歳の厄払いで「神社初体験」をした時、実は本当に神頼みしたくなるほど仕事も体調も最悪だった。「厄年ってホントにあるんだ」と落ち込み、にっちもさっちも行かないころだった。ところがお祓いを受けて1年後あたりから仕事や体調の運気は劇的に変化、そこから50代前半までの10年間は何をやっても順風満帆、という時期が続いた。厄払いの効果があったのだろうか。このときの強烈なプラス・イメージがあって、Fさんに「還暦年祝いをやりましょう」といわれ、いちもにもなく「はい」とこたえた。
そういえば、「還暦」には別の思い出もある。確か40代終わりごろだったから、今から10年以上前のはなしだ。編集者の津野海太郎さんと装丁家の平野甲賀さんの二人の還暦祝いが京都の梁山泊という料理屋であった。出席者は10名前後の小さな会だが、演出家の高平哲朗さんや俳優の斉藤晴彦さん、建築家の石山修武さんや晶文社の中村勝也社長など錚々たるメンバーで、私はそういったエライ方々の「お世話役」(作家に対する編集者のような役割かな)として呼ばれた若造である。スペシャルゲストには、還暦の二人が敬愛する鶴見俊輔夫妻も見えられ、宴会後半には筑紫哲也さんまで乱入して盛り上がった。翌日はみんなで和気あいあい京都見物、楽しかったなあ。あの時のメンバーである筑紫さんも晶文社の中村さんも、もういない。
三吉神社の神主さんは若い女性だった。女性特有の穏やかな祝詞を聞きながら、10数年前の京都での一夜を思い出した。神社の境内で賽銭を投げ、鈴を鳴らす音がうるさく響き渡って、おだやかな神主の祝詞は聞き取りにくかった。境内には秋田には珍しい街宣車のようなものまで停まっていて、そうか建国記念日か、などとぼんやりと考え、脚の痺れに耐えていた。30分ぐらいで神事は終了、事務所に帰って、借りてきたビデオ映画・黒澤明監督『まあだだよ』を観た。偶然だが、冒頭シーンはいきなり内田百閧フ還暦祝い。そうか昔の60歳というのはこんなに風格があったのか、現代とはエライ違いだなあ、と感じ入った。この夜、大学の恩師と教え子の友愛を描いたこの作品の背景が気になり、百閧ェ実際に教えていた大学名を調べてみたら法政大学だった。内田百閨wノラや』を寝床で読み出し、わが還暦の日は終わった。
(あ)

No.434

おテレビ様と日本人(成甲書房)
林秀彦

 こうした本がいつかは出るだろう、と予測はしていた。でも誰が書いたものなら満足できるだろうか、と考えてもいた。難しいテーマだからだ。 本書の著者はテレビ番組「鳩子の海」のシナリオ作家で、モーニングショーの司会等もつとめていた人、とオビにはあるのだが、どちらも残念ながら観たことがない。そうしたテレビの仕事を通じて、トコトン嫌なことがあったらしく、自殺未遂や離婚、海外移住まで追い詰められた過去がある人なのだそうだ。
 そういった意味では、本書はまさに被害者最前線からの告発、といえそうだが、その告発のパンチがいまひとつこちらに届かないもどかしさがある。
 「CMは破壊兵器」「幼児化するテレビ市民」「盗まれていく脳」「テレビは拷問、人類総白痴化」「コトバを殺す洗脳装置」とキャッチフレーズを並べ立てられても同調はするが、納得できない「データ不足」を感じてしまうからだろうか。論理が情緒に流されている嫌いがあるからだろうか。テレビの存在を100パーセント否定するところからスタートしているために、「観る、観ない」の中間にある膨大なグレーゾーンを当たり前のように捨象していることから起きる「非現実感」が問題なのかもしれない。

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