Vol.443 09年3月14日 週刊あんばい一本勝負 No.438


芸術選奨と穏やかな日々

 去年、読んだ本でもっとも感動したのは南木佳士『草すべり』で、評論では津野海太郎『ジェローム・ロビンスが死んだ』、映画は日本映画はやっぱり『おくりびと』かな――と、何度となくいろんなところに書いてきたのだが、文化庁が芸術分野の優れた業績挙げた人に贈る「2008年芸術選奨大臣賞」に、上記のわが推薦作品3本がすべて選ばれていた。
 あちゃ、いいのか、こんなんでオレ。50歳を超えてから、感動した本や映画がことごとく賞をとる。これって審査員の方たちと小生の目線が似てきたのかな、それとも時代がこちらにすり寄ってきているのかな。年っていうのもあるのかも。ま、どっちでもいいか。
 3作のうち津野さんの本は、いわばわが編集の師匠のような人のものなので、あまり褒めると身びいきになる。それにしても南木さんと津野さんって容貌がそっくりだ。ともに坊主頭で太っている。新聞には南木さんが載っていたが、おもわず「津野さんだ」と勘違いしたほど。
 そういえば3,4年前、やはりこの賞を仙台在住で『山に暮らす 海に生きる』という本をうちで書いた結城登美夫さんが受賞している。結城さんと津野さんは大の親友だ。
 知り合いや親交のある人が賞をとったり、本や映画に登場してくるケースが、このごろやたらと多くなった。この業界で長く仕事をしてきたので、これは職業病のようなものかもしれないなあ。
このところ気分は「出不精」。山もしばらく開店休業状態で、東北小さな旅も、腰が重い。実はホテルが怖くて旅を控えているのだ。寝ている間、乾燥でのどをやられる恐怖に付きまとわれている。それに旅の夜は酒を適量以上飲んでしまう恐れもあり、知らず知らず体調不良のアクセルを一気に踏み込んでしまう地雷原でもある。
 毎日、カミサンの小言さえ我慢すれば、日々の規則正しい生活で、夜はよく眠れるし、日がな机の前に垂れこめていることに不満はない。「今日もぐっすり寝たなあ」と目覚めるし、就眠の時もコトリと眠りに落ちていく。ホテルはそんなルーチンをめちゃくちゃにする。いやだいやだ。
 ご近所だけの範囲で、つましく何不自由なくいまのところ暮らしている。不平も支障もない。わざわざ旅をして体調やリズムを崩す冒険は犯すべきではない。フラストレーションも溜まるが、そのときはそのとき、発散の方法を真剣に考えればいい。とまあ、そんなおだやかな日々を送っています。
(あ)

No.438

世の中にひとこと(NTT出版)
池内紀

 大好きな池内さんの最新刊。今年1月に出た本だが内容にはギリギリ去年の定額給付金2兆円の話題までが入っている。信濃毎日新聞と日本経済新聞に連載したコラムをまとめたものだ。池内さんの本はほとんど目を通しているファンなのだが、書くものだけでなく、その生き方に共感を覚えているからだ。55歳であっさり権威の牙城・東大教官を辞め、テレビもパソコンも持たず、エラソーな人間のそばに近づかないように、世の中の片隅に陣取り、静かにゆっくり、大切なことだけを見逃さないように生きているこの人が大好きなのだ。いまどき、こんな知識人がいる日本も捨てたもんじゃない、という気にさせてくれるからだろう。本書でもずいぶん教えられることが多い。消費税問題でよく例に出されるヨーロッパの高税率は、たとえばドイツは19パーセントだが、これはぜいたく品に限っての事で、日常生活品は7パーセントなのだそうだ。知らなかったなあ。あるいは二世議員が幅をきかすわが国の政界リーダーについて、茨木のり子の詩を引いて強烈に批判する。「子孫のために美田を買わず/血統書つきの息子にそっくり残してやるために/人間の仕事は一代かぎりのもの/世襲を怒れ/あまたの村々/世襲を断ち切れ」――。観光立国などと小ざかしげに騒ぐ輩には、それなら「世界遺産」の観光地からひとまず広告看板の類をなくしてごらん、とやさしく毒づく。何度も読みたくなる本だ。

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