Vol.456 09年6月13日 週刊あんばい一本勝負 No.451


穴倉・恩恵・ブックデザイナー

なんとなく暗く沈んだ1週間だった。仕事が一段落したこともあるが、虚脱感と言うほど大げさではなく、なんというかちっちゃな穴倉のなかにポトンとおこっちまった感じ。こんなときは閉じこもって映画鑑賞に限る。何にも考えなくて済む。『上意討ち』(小林正樹監督)と『酔いどれ天使』(黒澤明監督)の2本のモノクロ映画。年々モノクロ映画が好きになっていくなあ。

週末ひとり山登りは藤里駒ケ岳。雨で登山者は小生一人だった。下山中にようやく一人登って来る人がいた。ゴツゴツした岩の露出する山で20年前、家族で登った思い出の山である。4歳の息子が「白神最年少登山者」として表彰されたので、印象に残っている。今回登ってみると、歩きにくい岩の多い山で、さらに雨と風にゲンナリ。尾根に出たら4半世紀前の記憶がようやく蘇ってきた。下山したら、入れ替わりに数十人の団体登山客が登りはじめた。そうか、ここは白神の観光スポットだったけ。

穴倉に落ち込んだ「恩恵」かもしれないが、そこから這出たくて突然、ある企画を実行に移すことにした。思い切って数人の執筆者に原稿依頼の手紙を書いたのだ。みなさん高名で全国的な評価を得ている人たちで、うちの依頼なんか無視されるのではと恐れていたのだが、ヤケノヤンパチな気分が逆に幸いした。すぐに2名の方から好意的なお返事をいただく。けがの功名というやつか。

ブックデザインをしてくれる人を探している。ずっと同じ人にやってもらっているのだが少々マンネリ化してきた。マンネリが悪くはないのだが、こちらの予想を裏切る意表をつくブックデザインがほしくなった。ブックデザインは難しい。本の内容を具現化するのはもちろん、書店、著者、編集者のそれぞれから認めてもらわなければならない。本(活字)が好きで、自分の表現をある程度抑えることのできる人でなければ、無理な世界なのだ。うちの出版物の傾向性を理解してもらうまで時間がかかるし、そのわりにデザイン料は安い。やっぱり本好きな人でないと、難しいだろうなあ。

(あ)

No.451

さよならの扉
(中央公論新社)
平安寿子

 平の新刊はほとんど目を通している。すごく好きな作家だ。彼女が尊敬しているというアン・タイラーの本も読んでみようと、文庫版5,6冊買ってはいるのだが、なぜか食指が伸びず、積読状態。好きな作家が「好きな作家」だからと言って、どっちも好きになるとは限らないのだ(何言ってるオレ)。なぜ自分はこんなに平安寿子が好きなのだろう。よくわからない。世間であまり評判になることのない作家だが、前作の歌手ジュリーと更年期の女性たちを描いた連作小説集『あなたがパラダイス』は最高に面白かった傑作だ。
 本書の帯には「著者最高傑作!」の文字がある。物語は夫の突然死からはじまり、その夫に愛人がいて……となれば桐野夏生の『魂萌え!』を思い出してしまうが、ここからの展開が平の独壇場、あらすじを言ってしまうわけにはいかないが未亡人と愛人との、何とも奇妙な交流が延々と描かれる。グロテスクな光景なのだが、平の筆にかかるとなんとなくユーモラスで日常的な点景になるから不思議だ。どこにでも、だれにでもある「日常」を切り取り、それを作品にまで昇華させてしまう「眼」には驚嘆させられる。こんなに作品を発表しても「駄作」なるものがほとんどないのも、平のすごいところ。

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