Vol.492 10年3月13日 週刊あんばい一本勝負 No.486


酒蔵にて

毎年この時期になると横手市浅舞にある酒蔵にお呼ばれ、出来たての新酒を御馳走になる。この日は車の運転が出来ないので、友人に運転してもらい送迎付きの年に一度の大名旅行だ。宴席といっても客は小生と作家のSさんの二人っきり。酒のつまみは蔵人たちの手づくりで、杜氏のMさんご自慢の料理も次から次へと出てくる。年々、Mさんの料理の腕は上がっていて、「酒もこのぐらいうまけりゃいいのに」といった減らず口が飛び交う身内(若い蔵人たちも参加する)の飲み会である。

酒のアテのメーンは「ザル」。イルカ肉のアバラ骨の部分を臭みが取れるまで味噌で煮込んだ県南部の郷土料理である。蔵人たちの間だけでなく広く県南地方では昔から食べられていたものだ。味はクジラとほとんど変わらないのだが、アンモニアが強いので食べられる時期は冬の一時期だけ。3月の声を聞くと魚屋でも「ザルあります」の看板がいつの間にか姿を消す。だから小生がザルを食べられるのはこの日だけで、楽しみにしている。
アカデミー賞のドキュメンタリー部門で賞をとった映画(大地のイルカ漁を告発した作品)の話題もあり、イルカを食べると言うと顔をしかめる人も多いが、日本人が当たり前のように食べているクジラ缶詰の肉はほとんどがこのイルカ肉である。あんたの好きなクジラ缶の肉ですよ、と言うと驚く人が多いが、生物学的にイルカはクジラ目小型ハクジラ類、まるっきりクジラなのである。

それはともかく、お互い好き勝手、言いたい放題の無礼講の酒ほど楽しいものはない。酒の最高のアテは、まちがいなく会話である。と同時に、こちらの年齢によるものだろうが、酒はやっぱり日本酒がいい、と思えるようになってきた。若いころに比べると酒量はめっきり落ちてしまったのだが、おいしい酒をちびちびやる楽しみがわかるようになった。「ちびちび」という日本酒だけがもつ独特の作法に身体がなじんできたのかもしれない。杜氏のさんのモットーは「なにぬねのの酒」。なごむ、にっこり、ぬくむ、ねむる、のんびり――飲んでくれる人たちがそんな気持ちになってくれればうれしいという。
(あ)

No.485

アマゾンの歌
(中公文庫)
角田房子

 角田房子さんが亡くなった。新聞に報じられたのは3月13日だったが、すでに今年の正月(1月1日)に死去していたそうだ。享年95。私自身が28歳の時だから、もう30年以上前にこの文庫本を読み、舞台になったアマゾンのトメアス―に行ってみようと思い立った、実を言えば自分の生涯にかなり大きなインパクトを与えた本でもある。そのときのブラジル旅行は別のモチベーションがあり決めていたことだが、行くと決まってからブラジル(移民)のことをもっと知ろうと読み始めたのだった。角田さんと言えば、もう当時から売れっ子で、満蒙開拓や甘粕正彦、朝鮮王妃暗殺事件、戦争と軍人をテーマにした、小説よりノンフィクションに近いスタイルの、精緻で事実に即した完成度の高い作品で知られた作家だった。が、私自身はよい読者ではなく唯一、この表題作だけを何回も何回も繰り返し読む、というへんな愛読者だった。今年のアマゾン旅行の帰路、友人から、この表題作のブラジル語訳本(リオの出版社から出ている)の復刻相談を受けたばかりだった。もう角田さんの了解は得てある、という言葉を聞いて、「エッ角田さん、まだ生きているの」と言ってしまったバカな私である。ご冥福をお祈りしたい。

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