Vol.501 10年5月15日 週刊あんばい一本勝負 No.495


若者と老人

たった今(14日午後1時)、起きた事件のことを書く。その直前まで別のことを書く予定だったのだが、この事件に遭遇して、何を書こうとしていたのか忘れてしまった。事件の顛末はこうだ。

お昼時間、散歩がてらご飯を食べに駅まで歩いた。駅裏の食堂でまずい中華定食セットを食べ(半分残してしまった)、駅中のいつものコーヒー屋でコーヒー。帰りはジュンク堂により本を4,5冊買い、帰りを急いだ。駅から出てすぐに右に折れ、陸橋のある手形方面に抜けるところで、道端に倒れた老人を若者が介抱して現場に遭遇した。自転車がそばにあったので「はねたのかな?」と若者に訊くと、「いや、倒れていて、本人は転んだって言ってます」という。
老人は虫の息だった。右目横と左手から血を流している。着衣に汚れはない。80歳は過ぎている。「すぐに救急車呼んだほうがいい」とアドバイスすると、若者は「あ、はい」と、携帯を取り出し119番。現在地を説明するのに苦労しているので、近くに建物の名前を教えていたら、通りがかったこれまた若い女性が、電信柱の住所表示から正確な住所を読みだし、教えてくれた。救急隊員に患者の年齢をきかれたようで「60歳ぐらい」と答えていたので、「おいおい、60歳はおれ。この人は80をこしてるよ」と余計なひと言。

救急車は5分もたたないうちにやってきた。野次馬も集まりだしたが関わりあいになりたくないのか、遠巻きにしているだけ。とくに年寄りたちは知らんふりで通り過ぎていく。立ち止まって心配そうにのぞきこむのは若者だけだ。これはちょっと意外だった。

救急隊員は手際よく老人の膨らんだポケットのものを取り出しはじめた。搬送に邪魔だったのだろう。ポケットからはネクタイや手袋、タバコ2箱も出てきた。全身をしっかり搬送ベッドにくくりつけると救急隊員は耳元で「車にはねられたの?」と老人に訊く。「ううん」と老人は首を横に振る。「転んだの」と再度聞くと「うん」と虫の息で答えた。
これで第一発見者の「善意」は証明されたわけだ。救急隊員は丁寧に発見者の若者に礼を言った。彼は道端に倒れていた老人を助け起こし、20分近く一人で介抱していたのである。そこに私が通りかかり、救急車を呼ばせたのだが、もし私が第一発見者だったら、この若者のように付きっきりで介抱したただろうか、と考えてしまった。あとにやってきた若い女性も救急車が去るまで現場を離れようとしなかった。倒れていた老人は近い未来の自分なので同情も哀憐もないが、若者たちのまっすぐさに、ちょっぴり感動した「事件」ではあった。
(あ)

No.495

あの日にドライブ
(光文社)
萩原浩

ずっと書棚にさしこまれていたので、100パーセント未読だと思い読み始めた。しかし最初から「あれッ、これ読んでるなあ」という思いが最後まで消えず、それでもズルズル引き込まれ、読み終えてしまった。元銀行員のタクシー運転手の物語である。ほとんどその中味を覚えているのだが、読み終ってから次々に「既視感」が蘇ってくるため、途中で読書の楽しみがそがれたわけではない。首をかしげながら「読んだよなあ」と呟き、それでも最後まで楽しく読んでしまう。これからはこんな読書体験が増えるだろうなあ。年をとるってスバラシイ。なにせ一度読んでるのにそのストーリーを思い出せないんだから「一粒で2度」楽しめる。タクシー運転手の現場ノンフィクションというのは、かなりの数出ている。個人的な興味もあり、そのいくつかには目を通している。でも、やはり、こうした熟練の小説家がデフォルメした物語のほうが圧倒的に面白い。「事実は小説よりも奇なり」という言葉があるが、小説のほうがノンフィクションよりリアリティを持つこともある。それをこの本は証明している。版元は今やリストラの牙城・光文社。ここ数年、話題作を立て続けに出している出版社だが、そうした状況とは別に中堅出版社が一番崖っぷちなんだよな。

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