Vol.53 9月1日号 週刊あんばい一本勝負 No.50


山尾三省さん逝去

 30日の朝日新聞を見て驚いてしまった。28日に詩人の山尾三省さんが死去したことを報じる顔写真入りの記事である。まだ62歳で死因は胃ガン。野草社の石垣さんから「三省さんの全集をだします。すごいでしょ」という連絡を受けたばかりなので、いまだ信じられない気分である。私と三省さんのつき合いは古い。なにせ25年以上前、国分寺で「部族」という喫茶店をやっていたころから憧れていて、友人を通じてお会いし、10数年前には秋田で詩の朗読会を開いてもらった。彼の著書はすべて買っている。就中、『狭い道』(野草社)はちょうど子供が生まれた頃でバイブルのように繰り返し読んだ記憶がある。大好きな作家であり、何度も同じ作品を読みたくなる詩人であり、屋久島での暮らしぶりが気になる人で、いつか彼の住む島に遊びに行こう、と心に決めていた。とにかく人間的に魅力のある人で、こういう野の賢人がいる限り日本も捨てたものではないと思わせる大切な存在だった。市民運動系の人たちやヒッピー文化(瞑想や宗教)系の人にとって彼はなくてはならない存在なのだが、私は逆に「普通のおじさん」として三省さんが大好きで、集会で精神世界を語る彼より、農業をし酒を飲みもくもくとタバコを吸うオッさんとしての彼が大好きだった。合掌。
(あ)

秋田での三省さんと私

著書の一部

弘前、本荘の旅

 久しぶりに外に出た。初日は弘前。著者から原稿を受け取り(本当は郵送してもらってもいいのだが、取りに行くことにしたのである)、夜は印刷所の古川さんやライターの青木さんと一献。焼酎をかなり飲んでしまった。たまに外に出るとハメをはずして暴飲暴食してしまう。ホテルに初めてPCを持ち込みモバイルに挑戦するもうまくいかず。安いホテルのせいか、とにかく部屋がたばこ臭くて頭がくらくらする。半端なヤニの染みつきかたではない。翌日、一挙に秋田まで帰るのは道路事情からいってしんどい。途中の大館で北鹿新聞の小松さんとお昼をご一緒し、鷹巣のカメラマン宮野さんと仕事の打ち合わせをしながらゆっくり帰ってくる。カーナビのせいか道に迷わなくなったのがありがたい。翌日は本荘。お酒を飲む「用事」なので帰りの足を確保しなければならず(電車の便が悪い)、そのことがネックになってなかなか実現しなかったのだが、ちょうど国体用の調整のため本荘のボートプラザ「アクアパル」でカヌートレーニングをしている日刊アルバイターの柴田真紀子さんとそのボーイフレンドに代車運転てもらうことができ、ようやく本荘行きが実現した。飲み会はどうということもなく終わったが、その前に見学にいった「アクアパル」はすばらしいスポーツ施設で驚いてしまった。子吉川のほとりをボート練習場として整備し運動公園としての機能を持たせたスポーツレジャー施設なのだが、まるでヨーロッパにいるようないい雰囲気である。川と若者とスポーツが共存する都市では考えられない贅沢なロケーションと環境なのである。ひまがあったら今度はここにしょっちゅう来てリフレッシュしようと思う。
(あ)

これがアクアパルと練習中の子供たち

「ル・ポトフー」と佐藤久一

 面白い小冊子を読んだ。「酒田っ子―世界一の映画館をつくり日本一のメートル・ド・テルといわれた男」と題された130ページほどのワープロ印刷冊子である。ある人が「ちゃんとした単行本にできないか」と小舎に持ち込んだものだが、原稿枚数の少なさや取材の浅さ、プライバシーの問題をクリアーしなければ出版は無理だろう。しかし個人的に酒田にあるフランス料理店「ル・ポトフー」やその経営者だった佐藤久一には興味があったので欠点に目をつむって読みすすむと、これがなかなかにおもしろい。何度か行ったことがあるレストランであり、経営者の伝説も聞き知っていたのだが、知らない事実をたくさん知ることができ、なるほどと納得したり、へえぇと驚いたりで一気に読了した。著者は元電通の偉い人でいまは悠々自適の生活を送る人だが、著書は何冊か持っている。わずか2回の現地取材でこの本をまとめているため「上山」を「上の山」と書いたり、辻静雄を「元朝日新聞記者」と誤記したり、地方都市の文化や風土に対する理解不足がいたるところに露見されるが、それでも著者自身は会ったこともない佐藤久一やグリーンハウスという映画館を眼前に再現させようと一生懸命努力している。もう一度取材をやり直して大幅に加筆すれば、面白いものが出きるのは間違いないのだが、惜しい。
(あ)

これがその小冊子

No.50

井上ひさし(文芸春秋)
東京セブンローズ

 いやあ久しぶりに読書の楽しみに酔い、作家が尊敬すべき「社会の特別な存在」であることを再認識させてくれた本である。780ページ、旧漢字、戦時中の団扇屋の旦那が克明に記した日記を息もつかせず読ませてくれるこの職人芸。そのへんのノンフィクションとは比較にならない緻密な時代考証や深みのあるミステリー、ユーモア、ペーソスをたっぷり仕込んだ、これぞ正真正銘の文学作品である。とにかくさりげなく記された細密な日常のなかに驚倒すべき事実がいくつもいくつもちりばめられている。それだけでもぶっとんでしまうが、その上物語が無類に面白いのだからケチをつけるところがない。戦争の日常や靖国神社、進駐軍の「生態」がどんな教科書よりも判り易く論理的に物語のなかに組み込まれている。今年度の小生のベストワンはこれで決まりですね。物語の構造が「日本語」を機軸にこれだけ豊かに複雑に、それでいてシンプルに肉付けされていると、舞台や映画のきらびやかさと十分娯楽として本も渡り合えますね。旧漢字に恐れをなさず一読の価値あり。

このページの初めに戻る↑


backnumber
●vol.49 8月4日号  ●vol.50 8月11日号  ●vol.51 お盆中の出来事  ●vol.52 8月25日号 

Topへ