Vol.59 10月13日号 週刊あんばい一本勝負 No.56


秋大祭と国際交流フェス

 日曜日の昼、ぶらぶらと駅前方向に向かって散歩に出た。夜のいつもの散歩は暗くて道もよく見えない田んぼ道を歩いているから逆の選択をしてみたのである。途中で秋田大学の学園祭に出くわした。面白そうなので構内に入ると出店はほとんどがワンパターンの古着売りと食い物屋の類で、その想像力のなさにあきれてしまった。どう見ても学生ではないエコおばさんやモヒカンのぶっ飛んだ若者の出店もあって彼らは何者なのか意味不明で不思議だ。イベントは例の「ヨサコイ踊り」(というのかな)で、これも独創性のない子供っぽさに愕然とする。アメリカの戦争に対して何のアピールもないのも気になった。ま、あんまり大学生に期待してもね。大学をあとに街に出ると駅前広場で「あきた国際交流フェステバル」が開かれていて外国人がいっぱいいた。こちらのイベントはさすが手馴れているというか、和気藹々で楽しそうだ。演奏していたフォルクローレのバンドがすばらしく、なんと秋田の地元バンドときいて驚いた。日曜日に外出するのは珍しいのだが、たまたま外でいろんなイベントが花盛りの時期に遭遇したようで、充実の3時間の散歩タイムだった。
(あ)

国際交流のシンボルマークは秋田犬。
デザインしたのはティム・アーンストさん

文具「のり」はどうにかならないのか

 比較的手紙を書く機会が多いので封をするための「のり」をよく使う。1日1回は確実に使うから、そのたびに手が汚れ、つきが悪く、その機能性のなさに腹を立てている。ふだんは口紅タイプのプリットというのと液状のアラビックヤマトという商品を使っているのだが、どちらも一長一短があり、オビに短し襷に流し、その使い心地にはおおいに不満がのこる。問題は使い始めがどちらも難点で、のりが出すぎたり、つきにくかったり、時間と労力がかかりすぎるのである。文具の進化はIT化とともにレベルアップしているのに「のり」だけはなぜか何十年も変化の兆しが見えない。と、あきらめていたら無印良品で細塗り太塗りのできる「事務のり」を発見した。これは口紅タイプとアラビックの欠点を改良した折衷案タイプで、出すぎも、つきにくさも、手の汚れからも解放された優れものである。そうか私が知らなかっただけか。これで少しは不満が解消されそうだが、もっといい「文具のり」を知っている方、教えてください。
(あ)

はしっこの無印のやつがいい

「北前船」の取材が終了しました

 北前船の取材が完了しました。無明舎の30周年記念出版とし今年2月からライターの加藤貞仁氏と鐙啓記が企画し、二人三脚で全国を三回に分けて取材していたのですが、この10月で無事終了、執筆編集作業に入っています。取材日数は延べ70日、走行距離2万キロ、取材した市町村は170箇所、訪ねた都道府県は18にのぼります。小舎のHPでも鐙の同時進行旅日記を連載中ですが、こちらの連載も旅の終わりとともに終了です。本は『北前船みなと紀行』として来年の4月に、オールカラーB5版の1冊本として刊行の予定ですが、それに先駆けて鐙クンの取材日記をメイキング普及版として来年早々刊行予定です。本編は2800円くらいの定価になる予定ですが、メイキング旅日記版は1500円前後の定価です。ご期待ください。
(あ)
取材中の鐙氏

お客さんとキャンプ宴会

 10月12日、東京の取次「地方小出版流通センター」の幾志さんや「書肆アクセス」の畠中店長、幾志さん(姪っ子)や長野市・龍鳳書房の社員の皆さん5名が社員旅行をかねて事務所を訪ねてくれました。どちらも車で朝早く現地を発ち、午後3時には秋田市到着。事務所で懇談した後、場所を「河辺町少年自然の家」に移し、バーベキューと鍋宴会を楽しみました。夜は近くの温泉につかって「自然の家」に泊まりました。今年は「問題の」カメムシ(これが臭くてものすごい数いる)も比較的少ないようで、寒ささえ我慢すれば快適なアウトドア環境でした。特別参加はカヌークラブ「エルク」の面々(日本チャンピオンの村山夏実さんも参加)と東京経済大学4年生で、たまたま無明舎の事をレポートに書くために来ていた倉部徳久さんも参加してくれました。このところみんながそろって笑い声を上げる機会が減っていたので、久しぶりにアゴが疲れるほど笑い、楽しんだ2日間でした。
(あ)
龍鳳書房の人たちとセンターの面々

No.56

山際澪(角川文庫)
急ぎすぎた旅人―山際淳司

 この単行本が講談社から98年に出ていることを全く知らなかった。亡くなった山際さんとは生前親交があった。著者は奥様で、この方ともお会いしているし何度かお手紙もいただいている。本書は妻から夫へのレクイエムなのだが、それ以上に山際さんと息子さんの濃密な父子の世界を、妻の立場から精緻に観察した記録といってもいい。ちょうど半分ぐらい読みすすむと「1984年はよく秋田に出かけた。秋田の出版社の友人と気があっていたせいでもある」と書かれている。小生のことである。たしか死後1年の法事で、中学3年生の長男星司くんの堂々としたまっすぐな挨拶をきき驚いた。お父さんを心底尊敬し、一人前の大人として育てられた風格があった。「あせるな、あせるな。人間、生きていく上で難しいことはなにもないよ。難しいと思うのはそれを習慣にしていないからだよ。ひとつひとつ丁寧にやってごらん。簡単なことしかないよ」彼の日常の言葉が胸に突き刺さる。

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