Vol.610 12年7月28日 | 週刊あんばい一本勝負 No.603 |
Ipadをいじってるうちに、人生が終わってしまうゾ | |
7月21日 ようやく山に行きことができた。自分の気持ちの持ち方の問題なのだが、実は谷川岳以降、「ふぬけ」状態だった。今日は快晴の土曜日、友人と二人、目指すは泥湯温泉の高松岳。下界は30度もあったのに山中は濃霧で15度以下。吐く息が白くてガタガタ震えていた。けっこうハードな山だったが、ここと真昼岳は、深い森の中を歩いているようで、好きな山だ。下山も筋トレの成果があり身体のどこにも異常は出なかった。が、全体的には「楽」とはほど遠い感じで呼吸も荒い。もっと楽に登れないものだろうか。まあ少しずつ慣れていくしかないか。 7月22日 先週はなんだかこれまで味わったことのない日々だった。ほとんど注文の電話がなかったのだ。メールやファックスも同じで、シーンと静まり返った仕事場で1週間がゆっくりと過ぎていった、という印象だ。長くこの仕事をしているが、こんなのはちょっと珍しい。もう、うちの本の賞味期限が切れかかっているのか、業界全体が「夏休み」なのか、それとも本はいよいよ斜陽から没落へと下り坂を転がり出したのか。週末になってようやくファックスやメールでぽつぽつと注文が入りはじめたが、これからは先週のようなことが日常茶飯事になるのかもしれないなあ。 7月23日 エピグラフというのは本の巻頭や章初めに載っている言葉で、その本の内容を婉曲に表している。外国の本などは必ずこれがあるが、日本ではそれほど一般的ではない。「夜の蟻迷へるものは弧を描く」(中村草田男)というエピグラフの載った高井有一の連作短編集『夜の蟻』は、エピグラフから題名をいただいた小説で、内容も、その句の意味するものとぴったりと重なっている。最初に読めば何のことかわからないが、読み終わるとそのエピグラフの意味が鮮明になって、内容の深みを確認させてくれるものが、エピグラフだ。本を読み終えてから巻頭に戻り、エピグラフを確認する。これも読書の醍醐味のひとつである。 7月24日 グーグル・アースでブラジル・アマゾンにある日本人移住地トメアス―を探すと「トメ・アス」の表記でちゃんと出てきた。アマゾン河口の大都市ベレンから南に200キロ離れた密林の中だが、PC画面にはくっきりとその小さな町並みが映っていた。この30年余で7,8回は訊ねているなじみの町だが、電話や電気が設置されたのが最近だ。昔は飛行機やバスを乗り継ぎ3日がかりでしか行けない場所だったが、今はメールで簡単にやり取りできる場所になった。そうした事態をまだよく納得できていないためもあり、PCで場所を確認してもまだ半信半疑。なにせ一昔前まで連絡をとるに手紙なら1か月、電話なら3日前から準備が必要だった場所なのだ。大きく深呼吸して、メモを読み上げるように早口で電話口でしゃべったのを、昨日のことのように思い出す。 7月25日 最近友人から聞いた話だ。親戚のおばさんがロンドンに観光旅行に行ったのだが、飛行機の中で体調を崩した。あいにく機内にお医者さんはいなかったが、ファーストクラスの客が席を譲ってくれた。その譲ってくれた人というのが指揮者の小沢征爾。興奮さめやらぬままヒュースロー空港に着いたのだが、親戚が亡くなったとの電話で彼女は入国することなく空港から秋田へとんぼ返り……と、まあこんな話なのだが、なんとなく「いい話」というか「笑える話」というか、どっちつかずの「心に残る物語」じゃありませんか。 7月26日 ipadの基本的な使い方をようやく覚えた。遅いっ。覚えたといっても舎員から手とり足とり教えてもらっただけなのだが、彼女もアップル系とは無縁で、マニュアルを読みこむのに苦労したようだ。さっそくPCからアドレスを転送し、いろんなアプリもダウンロード、メールの送受信もできるようになった。早く旅先に持っていきたい。それにしてもipadをいじっていると、あっという間に時間が過ぎていく。ヒマをつぶすには最高のツールだが、なんとなく後ろめたさもある。生産性がないからだろうか。ひとつことに熱中するタイプではないので、どのくらいで飽きが来るのか、自分事ながら、もう心配している。 (あ)
|
●vol.606 6月30日号 | ●vol.607 7月7日号 | ●vol.608 7月14日号 | ●vol.609 7月21日号 |