Vol.75 02年2月2日号 週刊あんばい一本勝負 No.72


鳥海山麓からの便り

 毎年1月になると「孫七山便り」という手紙が届きます。今年で10号になりますが、送ってくれるのは秋田県と山形県境にある鳥海山のふもと・西目町の孫七山で「鳥海山麓有用植物園」を一人で運営している佐々木俊一さんです。佐々木さんは埼玉県生まれの奥さんと2人で、十数年前にこの土地に移り住み、植物園を作り始めました。「有用植物」とは自分や周囲の人々にとって必要とされる植物、と言う意味らしいのですが、要は自分の好きな植物ということだと思います。この植物園では全ての植物を種から育て、山から幼木を採って来ない、というルールを決めかたくなに守っています。開園から十数年たって樹種も100種を越え、孫七山の丘陵地帯はだんだん森のようになってきました。
 佐々木さんとは年に一度、近くに陶芸窯を持つ倉田鉄也さんの忘年会で顔を合わせます。今年はこのような植物を植えたとか、あの樹がここまで大きくなったとかを、目を輝かせながら教えてくれます。また佐々木さん御夫婦は以前、小学館の事典を編集するプロダクションで働いていたため、博物学の知識が豊かでいろいろ教えられることも楽しみのひとつです。最近は地元の役場から依頼され、子供たちが植樹する町の花「ハマナス」の苗木つくりや、公園にタブを植える作業を引き受けるなど、地元との関わりが強くなっているようです。わずかB4の紙片面だけの便りですが、そこには佐々木さんの植物園にかける想いや、樹木の生長する姿、森の小さな仲間たちなど、植物を中心にしたミクロコスモスが詰まっていて、読みながらドキドキしてしまいます。前に一度、佐々木さんの本を作ろうと計画したことがありましたが、本当に本が売れない昨今、自然をテーマにした本を販売するのは大変なため、うやむやになってしまいました。しかし中止ではありません。いつかきちんと売れる本を作り書店に並べたい、という想いは持ちつづけています。
(鐙)

吉永直子さんの個展

 もう9年目、9回目になるらしいのですが神保町すずらん通りの檜画廊で吉永直子さんの『TWELFTH』という個展が開かれています。小生も一度しかご本人に会ってはいないのですが、前に2枚の小品を買った縁で、その後ずっと葉書大の作品(印刷じゃなくですよ)を無料で送ってもらいました。自分の作品を買ってくれた人に1年間絵を送り続けるというのもすごい(素敵な)行為ですが、彼女の絵には淡い包み込むようなやさしさと同時に、きっちりと前を見据えて目標に向かって毅然として歩く若い女性のすがすがしさもあり、今年も作品を見るのが楽しみでした。今回は実験的な作品も多くあり、少々まとまりに欠ける嫌いはありましたが、あいかわらず元気で明るい女性です。会期は1月28日から2月2日まで。最終日の2日には朝の9時からワークショップ〈神田スケッチ〉もあります。
(あ)

すべて彼女の絵です

洋泉社「新書Y」が面白いよ

 勢古浩爾「まれに見るバカ」と金原克範「〈子〉のつく名前の女の子は頭がいい」の2冊の洋泉社新書を読んで、がぜん同じ版元の他の新書シリーズも読みたくなってしまった。つぼにはまったというやつである。小生にはこうした傾向が昔からある。ようするに担当編集者と相性がいいわけで、そんな人が作った本はどんなジャンルでもたいてい面白く読める。洋泉社の社長は元宝島社にいた石井慎二さんで、私個人も石井さんには昔ずいぶんお世話になったくちである。ノンフィクションライターの世界ではカリスマのような編集者なのである。編集者は小川哲生さんで、この方とは面識はないが業界ではこれもまた有名な編集者である。このタッグから生み出される新人たちやタイトルネーミングが面白いのは当然だろう。本を作る側としては刺激的で勉強になることが多い。小さな出版社でこれだけの新書のラインナップを組める力量というのもさすがである。これからが楽しみである。
(あ)

これまで読んだ新書Yシリーズ

白鳥の姿は……

 取材で大館市に行った時、長木川にたくさんの白鳥が泳いでいるのを見つけ、ちょっと寄り道をしてみました。東大橋の下流に「白鳥公園」があって、駐車場で餌を販売し、鳥たちと戯れながらのんびりできるような場所になっていました。ここには、毎年11月から3月の間700羽以上の白鳥が飛来するそうです。平日の昼間なのに小さい子どもを連れた家族や若いカップルなどがたくさんいて、餌をやったり写真を撮ったりしていました。驚いたのは、白鳥もカモもスズメもよく慣れていて、近づいてもぜんぜん逃げないことです。白鳥の中には手から餌をもらっているものもいました。グレーの体をした幼鳥もたくさんいて、「みにくいアヒルの子」の話を思い出しました。白鳥は飛んでいる姿や泳いでいる姿は美しいかもしれないけれど、ぺたぺたと地面を歩いている様子は、首が長いのに短足でアヒルよりかっこ悪いなぁ…なんて、ちょっと白鳥に失礼なことを考えてしまいました。
(柴)

No.72

世界は『使われなかった人生』で
あふれている
(暮しの手帖社)

沢木耕太郎

 何度か「暮しの手帖」誌で著者の映画評は目にしていたが、その約70回近い連載から30回分を選んで本にしたものである。最近書くものがなんとく冷めたスープのような感じだったが、この本を読む限り、沢木耕太郎は健在ですね。取り上げられている映画の半分くらいは私も観ているが、滅多に作品や人を批判しない著者が珍しくジャック・ニコルソンとメリル・ストリープが出演した『黄昏に燃えて』にはグチをいっている。まずタイトルがよくない。原題は「アイアンウィード(ヒマワリ科の植物)」で、「黄昏に燃えないこと」をテーマにした映画なのに、タイトルの先入観で見誤る可能性があること。さらに2人の名優が「敗残者」をあまりに見事に演じすぎ、「優れた俳優たちが難しい役を巧みに演じている、という意識をなかなか排除できない」ことをあげている。スタローンの「ランボー」の原題は「ファースト・ブラッド」で「ランボー」は日本の配給会社がつけたもの。それが2作目から本国でもタイトルに使われるようになった、ということも初めて知った。それにしてもこの装丁、ちょっとひどすぎるのでは。地方出版でも今こんなのはないよ。内容が素晴らしいだけに目次や章題の活字組のひどさに唖然とする。

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