Vol.837 16年12月24日 週刊あんばい一本勝負 No.829


今年のベストワンは?

12月17日 前日、今年最後の本『屋久島だより』ができてきた。今日の土曜日はノンビリだったはずだが、郵便で「健康診断のお知らせ」が届いた。一挙にのんびりムードが吹き飛んだ。封書が膨らんでいるときは要注意なのだが今回は薄っぺらなまま。総合判定も余白が目立つほど。でも子細に読んでいくと内臓型脂肪肥満、心胸比拡大、前立腺石灰化などの文字がある。診察所見は「A」。自分ではこの数値や所見がいいのか悪いのか、よくわからない。「A」だから安心していいことなのだろうか。

12月18日 今日は「靴納め」。総勢5名で去年と同じ「森山登山」。スノーシューは必要なかった。雪が少なくスパイク長靴で問題はない。1時間ほどで山頂に着き、下山後は道の駅休憩室でランチ。いつものように前日はよく眠られなかった。次の日が山行という夜はいつも寝不足。昔から山行前になると心配や不安で心騒ぎ、眠られない。森山は鼻歌まじりで登ることが可能な山なのに夜眠られなくなるのは、これは一種の病気だ。何とか解決法はないかなあ。

12月19日 本が売れなくなった。お金や時間をかけるノンフィクション作品の出版は難しい。これはもう時流だから嘆いてもしょうがない。と思っていたら突然すごいノンフィクションが出た。梯久美子『狂うひと』(新潮社)。650ページ・定価3000円の評伝だ。戦後日本文学の金字塔と言われる島尾敏雄『死の棘』に描かれた伝説の夫婦愛の謎に迫ったノンフィクションだ。奥付を見ると10月30日に初版が発行され、わずか2か月で3刷。大部の高価なノンフィクション本がちゃんと売れている。「あらゆる文化の圧倒的な中心として本がある」という時代は終わったが、こうした本を読む人たちがまだちゃんといる。そんな希望も与えてくれた本だ。

12月20日 冬でも「水出しの麦茶」を飲む。10年近くになる習慣だ。山で飲むのは麦茶一点張り。夏に冷蔵庫に入れて飲んでいたのが癖になり、冬もそのまま飲み続けている。ペットボトルに詰めなおしナイトキャップ用にも枕元にも置いている。最近、夜中に胃もたれというか胸やけのような症状が出るようになった。暴飲暴食はしていない。なぜだろうと考えて、この冷たい麦茶に行き当たった。睡眠前に臓器を冷やすのはよくない、と本に書いていた。そこで早速、昨日から寝る前には冷たい麦茶を飲まないことに決めた。

12月21日 「出版ニュース」最新号で今年の10大ニュースが発表されていた。1位が「小説 君の名は。」が100万部突破。2位が「角栄本続出」。3位が太洋社倒産と大阪屋栗田の統合。4位に「アマゾンの読み放題問題」で5位に「岩波ブックセンター信山社の倒産」。6位以下は追って知るべし。文化の圧倒的中心にいた出版の、坂を転げ落ちる速度に出るのはため息ばかり。個人的には5位に入った岩波ブックセンターは店主の柴田信さんの急逝による連鎖倒産で、心痛む。親しかった先輩長老書店主が1億3千万もの負債を負っていたなんて、まるで知らなかった。

12月22日 今年一年読んだ本と観た映画のベスト・ワンを決めようと手帳を見返した。前半はモーレツに村上春樹の小説を読んでいる。中・長編の類はたぶん全部読んだ。もっともいい点数がついていたのは『ノルウェイの森』。映画もけっこう変なものに手を出している。秋から冬にかけてはウディ・アレンのDVDばかり見返している。感動した邦画は昭和11年につくられたモノクロのロードムービー「有りがたうさん」(清水宏監督)。主演は上原謙でバス運転手の物語。原作は川端康成だった。2015年制作の、落語「芝浜」をもとにしたコメディ映画「明烏」も面白かった。ホストクラブを舞台にした一幕劇で、もともと戯曲だったものを映画化したもの。ブラジル映画「シティ・オブ・ゴッド」も唸った。出演者が素人で台詞もほとんどがアドリブというのだからたまげた。監督のF・メイレレスはリオ五輪の開会式の演出をしていたのにもビックリ。

12月23日 近所の銀行員がカレンダーを届けに来てくれた。若い営業の方で、「御社はどんな仕事をしているんですか?」と訊かれた。えっ、見知らぬ他人に自分の仕事を今ここで急にしゃべるの? この人たちは2,3年で県内の支店を移動する。広面の零細出版社のことなど知らなくて当然だ。でもカレンダーをもらう代わりに、この若者に自分の仕事を「あれこれ説明」するほど親切ではない。カレンダーはありがたく受け取ったが(本当はいらないのだが)「仕事の内容はHPで見てください」と玄関で冷たい対応。後味が悪いのは「冷たくした自分」への嫌悪感だ。でもこの若者を応接室に入れ自分の仕事のことをしゃべる気にはならない。この銀行から金を借りているわけでもないし、借りるつもりもないからだ
(あ)

No.829

江戸しぐさの正体
(星海社新書)
原田実

 スタップ細胞の小保方晴子は演技性パーソナリティ障害だといわれている。ないものをあると強弁するのは根拠あってのものではなく、宗教的な妄信によるものだ。だから、その内実は科学ではなくオカルト、と言われてもしょうがない事件だった。そのスタップと「江戸しぐさ」を同じ土俵に上げて論じるのは、かなり奇異な感じだが、これがまったく同根のようで驚きだ。江戸の文化の中に生まれたマナーが実は根も葉もないオカルトの類だった、というのが本書の要諦なのだ。江戸しぐさを代表する行為は「傘かしげ」「肩引き」「こぶし腰浮かせ」。雨の日にすれ違う時、たがいに傘を外に傾けすれ違う。肩引きも同じ、道路で互いが歩きやすいよう互いに思いやる。腰浮かせは乗合船の乗客がこぶしをつくって幅を詰めあい一人分の空間をつくる。だが、実はこうした行為を証明する過去の文献資料はまったくない、というのだ。ほぼこれらは歴史的偽造であり、最近になって生み出されたオカルト、と著者は弾劾する。「江戸しぐさ」は1980年代ににわかに「発明」され、以降、新たな創作を加えて膨らんできた。その犯人は芝三光(しばみつあきら・本名小林和雄)なる昭和生まれの人物で15年ほど前に亡くなっている。その弟子と称する越川禮子と桐山勝という二名が普及させたものだ。そのねつ造の過程を克明に検証したルポである。

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