Vol.84 02年4月6日号 週刊あんばい一本勝負 No.81


さあ5月攻勢だ!

 今年に入ってからポツリポツリと新刊を出してきましたが、なかなか単発では書店のインパクトが薄く、かつまとまった営業宣伝もしにくい状態だったのですが、ここにきてメインの3本、『北前船おっかけ旅日記』『アマゾンのほほん熱風録』『神保町「書肆アクセス」半畳日記』が5月10日前後に刊行のめどが立ち、チラシや新聞広告の原稿も出来上がりました。これでスタンバイOKです。この3本を柱にして「過去の新刊」もがんがん宣伝できるようになったので、書店営業をかけ、新聞広告を打ち、DMを出します。本を売るためにやっぱり「核」になるものが必要ですね。チラシが出来上がっただけで嬉しさがこみ上げてきます。春から夏にかけこの3本を中心に営業活動がフル回転です。
(あ)

メイン3本のチラシ

奥州街道を歩く

 以前から進めていた企画、『奥州街道』の本がいよいよ大詰めとなり、著者の伊藤孝博さんと、起点となる日本橋から宇都宮までの区間を訪れてきました。これで全行程の取材をようやく終えたことになります。奥州街道は日本橋から宇都宮までを日光街道と重複して進み、宇都宮から青森県津軽半島の三厩までは単独の街道として江戸時代の初めに整備されたもので、全長およそ900キロもある日本一長い街道です。この本は奥州街道の全行程を、数百点のカラー写真と克明な地図を使って紹介しようというもので、事前調査を含めると足掛け3年という長期間の制作となりました。
 誌面ではただ街道の道筋をたどるだけでなく、奥州街道を歩いた文人墨客が残した記録に触れたり、街道沿いで300年以上も目の前の川で獲れたウナギを焼きつづけている店を紹介したりと、さまざまな視点から奥州街道を取り上げた本になっています。本のサイズはB5版で230頁。ちょうど『東北の街道』と同じぐらいの体裁になる予定です。発売予定は7月、乞ご期待です。
(鐙)

奥州街道の起点 日本橋

神保町の変なホテル

  奥州街道の取材のため伊藤孝博さんと2人、自動車で東京まで行き、取材開始の日本橋に近いこともあり、行き慣れた神田神保町に泊まることにしました。知り合いから教えられた「さくらホテル」に予約したのですが、紹介してくれた際の売りは、「とにかく安いし、東南アジアのホテルみたいで面白いよ」ということでした。ホテルに着いてみると外壁はピンク色、狭い玄関横にいきなりカウンターがあり、料金は1人税込み6800円。ツインルームだと2人で8600円と超割安です。朝食はパンとトーストが無料で食べ放題。カウンターの上や壁面では「さくら茶」を始めとした訳の分からないアジアっぽい小物が売られていて楽しい雰囲気。しかし部屋に入って驚きました。建物が新しいため清潔ですが窓がありません。当然冷蔵庫もなく、あるのはベッドと小さなテーブルのみ。トイレとシャワーは共同で、電話ボックスのようなシャワールームでは、痛いぐらいの勢いでお湯が出ました。

ピンクの「さくらホテル」
 しかしこの値段と、神保町のど真ん中という便利さを考えると文句は言えません。どうせ夜は居酒屋で一杯飲んで眠るだけですから。かえってホテルのことが酒の肴になり、たのしい話題を提供してくれたことになりました。
(鐙)

この手は誰の手?

 3月下旬、CDROM版「秋田のことば」に掲載する風景やブツ撮りの撮影をしました。カメラマンは小阪満夫さん。最初は秋田市郊外の重要無形文化財・旧奈良家。260年前に建てられたという農家なので、今ではほとんど見ることのできない、みんじゃ(流し場)、とーり(土間)、まぎ(梁)、ひらぎもど(縁側)、げや(ひさし)、ふろ(引き戸のある戸棚)など、たくさんの昔の生活現場を撮ることができました。

2Fでの撮影風景
  旧奈良家の撮影を終わってから無明舎の二階で今度はブツ(物)撮りです。てぬげ(てぬぐい)、かじのふし(かつおぶし)、ふるしぎ(ふろしき)、へぁろ(ハンダ)などの撮影になりました。かつおぶし、ハンダなどの撮影には、アルバイトの山岡君や編集長の鐙さんも手だけ出演(手タレ)して、快調に撮影は終了しました。
(七)

今週の花

 今週の花はカーネーション、ひまわり、スプレーバラ、チース。黄色、赤、ピンク、オレンジ、紫といった色が、事務所の雰囲気を華やかにしています。
 一方、事務所の近所の庭も負けていません。最近の陽気のおかげで、梅や木蓮、こぶしの花が咲き始めました。桜のつぼみも膨らんでいるのがわかります。楽しいお花見のシーズンももうすぐです。
(富)

No.81

『よど号』事件三十年目の真実(草思社)
島田滋敏

 鈴木某も田中真紀子もほとんど興味はない。「よど号」の連中の有本さん「らち事件」のほうがショックだった。10数年前に北朝鮮に行き、「よど号」の連中と平譲で会ったとき、「田宮はヨーロッパに旅行中です。みんなよく外国は旅行してます」と聞き「へぇ」と思ったことがあった。東欧で青年ジャーナリスト会議に出席するため、という目的だったような気がするが、幽門の身を案じたこちらとしては「けっこう自由勝手にやっているんだな」という印象をもったものだ。今考えると国家命令の日本人狩りをしていたわけで、国家(北朝鮮)というのは狼藉もの(赤軍派)にただ飯を食わせるほど甘くはない、ということがよくわかる。ところでこの本だが高沢皓司の『宿命』を読んだ人には「なに、これ」となるのは必至。『対策本部事務局長の回想』と銘打っているが、これは日航という会社の肩書。内容はそのときのやり取りを活字にしただけ。まったく面白みも驚きもない「自費出版本」の類である。こんな本だすなよ草思社!

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