Vol.851 17年4月1日 週刊あんばい一本勝負 No.843


コインランドリー靴洗い事件

3月25日 朝5時起きで酒田。友人のSカメラマンと八幡地区にある「かくれ山」をスノーハイキング。静かで鳥の鳴き声が印象に残るブナの森。近くに鳳来山という高い山があり鳥海家族旅行村のあるあたりから登り始めた。ひとつ峰をこさなければこの山は見えてこないところから命名されたもの。夜はいつもの中華料理屋。心なしかいつもより味が濃くなった印象で、これはここ数年台湾や香港でうまい中華になれてしまった贅沢の後遺症かもしれない。

3月26日 酒田は常宿Rホテル。ここの朝と夜のバイキングが大好きなのだが、その料理置き場が半分に縮小されていた。地場野菜を主体にしたメニュー構成は変わっていないが、ずいぶん貧弱で普通すぎでガッカリ。品数も少なくなっていた。客に子供が増えていて、ウエイトレスの制服もイタリアンのようにオシャレに。余計なことに金をかけ、食材の経費を節減し、利益優先も掲げて、いい店は少しずつ劣化と風化していく。

3月27日 酒田で山に登り友人と食事、ホテルでチビチビとウィスキーを飲み、けっこうリフレッシュ。やっぱり外に出るのはいい。と思いたいのだが一方、昔美味しかったものがまずく感じたり、快適と思ったことが過剰に思なり、近いはずが遠く、美しいものがフツーに見える……これが年をとるということなのだろう。日曜日は朝日、読売の二大紙に広告を打った。本は実に小さなマーケット。世間の関心はそこ(本)にはないのだろう、反響もほとんどない。こんな時代を生きている。頑張れよ、ジブン。

3月28日 飲み屋で食べたサラダの「ミニトマト」が砂糖菓子のように甘くてびっくり。和歌山産の「優等生」という品種だそうだ。「これはうまいね、どこの産?」と訊いたら店のオヤジに「それ、前も教えましたよ」と言われた。味覚より脳覚のほうが問題だ。使わなくなった三足の登山靴をコインランドリー(靴専用洗濯機)で洗いピカピカに磨き、山形の友人のアウトドア・カメラマンにやることにした。本も靴も食材も、愛着があり捨てるのが忍びない時がある。そんな時、もらってくれる人がいるのはうれしい。今日もまた歯医者。差し歯のあたりが炎症を起こして鈍痛がある。一生歯に悩まされる人生だ。

3月29日 コインランドリーで登山靴を洗った、と書いたら匿名で痛烈な批判。しつこいぐらいの不快な罵倒で「衣類を洗う洗濯機で靴を洗うなんて」というご意見だ。この方はコインランドリーに「靴専用洗濯機」が常備されていることを知らないようだ。無知は怖い。他人を攻撃する前に自分のほうに、もしかすれば曲解や無知やミスがあるかも、と一瞬でも立ち止まって考え、躊躇しないのだろうか。偉そうに言ってるが自分自身への大いなる戒めでもある。コインランドリーは衣類だけでなく靴洗濯機も付いている、という事実を知らなければ、なるほど「靴を洗うバカがいる」という理屈になる。人を批判するというのは、難しい。

3月30日 まだ腹の虫がおさまらない。例のコインランドリー登山靴事件だ。衣類と靴を同じ洗濯機で洗っていると疑わずに抗議をしてきた奴(女と思ったが男の可能性も大きい)は2通の匿名メールを書いている。2通目には「自分の洗濯機では靴を洗わないくせに。自己中の団塊世代はこれだから困る」とほざいている。自らの無知を棚に上げ、批判をエスカレートさせていくタイプだ。昨日この欄で奴の思い込みを正した。それを読み、過ちに気付き謝罪メールがあるかもしれないと思ったが、ない。思いこみを武器にして、他者の生活や世代にまで踏み込んで批判を口走ってしまう人間にはなりたくない。他山の石としよう。

3月31日 コインランドリー事件に腹を立てるうち、内外でいろんな事件が。湯沢の喫茶店主に「飲食店の禁煙法案が通れば店やめるよ」と告白されたのはショックだった。家に帰ると大学前の飲食店で死傷者を出す火事。ここの店主は20代のころから一緒にバカをやった友人だ。那須スキー場で亡くなった高校生たちへは、かける言葉もない。事故は防げたかもしれない、などとほざく人は山のことを知らない。山に登ることはどこか死と隣り合わせ。小さな山でもそれは同じ。私自身、国際教養大裏の中央公園を散歩中、クマの気配を感じ死を意識した。その教養大キャンパスに先日クマが出たというニュース。救われたのは山で亡くなった高校生たちの名前にただに一人も「ドキュンネーム」がいなかったこと。平気で子供にアニメの主人公のような名前を付ける親たちの子供たちでないことに、感心するとともに悲しみも深くなった。
(あ)

No.843

グリンゴ
(講談社)
手塚治虫

漫画とはほとんど無縁。いや漫画を軽視しているわけではない。昔から読む習慣がなかった。だから手塚治虫といへど例外ではない。「鉄人28号」に夢中になり、鉄腕アトムに熱く入れ込んだ少年期の記憶もない。なのに本書を取り上げたのには理由がある。『「勝ち組」異聞―ブラジル日系移民の戦後70年』という本の編集をしている際、ブラジルの日本人移民の村や「勝ち組」について描かれた漫画がある、ということを初めて知ったからだ。参考資料として取り寄せたのが本書だ。初版の出た1993年、晩年の手塚治虫が、これだけ詳しく南米の移民をはじめ、いろんな状況に興味と勉強をしていたことに驚いてしまった。主人公は南米のある国に新社長として赴任した大手商社の「日本人」。いや日本人というのは主人公の名前で「ひもとひとし」と読む。もうこの時点で手塚の南米への想いや洞察が感じられる。単純に日本の商社マンが南米で活躍する物語ではない。主人公は元力士という変わり種、さまざまな南米の慣習や苛烈な競争世界の中で、清濁併せのみながらたくましく生き抜いていく。ちょっと漫画としてはハードな物語である。性描写もあるし哲学的な煩悶も随所に描かれている。単行本で3巻、物語は不自然な形で終わっている。手塚の健康問題なのだろうか。

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