No31
青空・無風・トラブルなし。雑魚10匹より大物1匹
[鳥海山(本荘市・2236m)―2013年5月26日(日)]
 本来は県北地方にある真瀬岳・二つ森に登る予定だった。ところが2日前に若い友人のS君が「鳥海山に行きませんか」と誘ってくれた。否応もなく予定変更。2週間前の強風による8合目七ツ釜小屋リタイアが心の傷となっていた。早い時期にリベンジしたいと思っていたので渡りに船。アイゼンを付けての直登ルートは今の時期だけなのだ。
 朝、事務所前を2人で6時出発、1時間20分ほどで祓川登山口に到着した。高速道ができて鳥海山はぐっと近くなった。
 日曜日なのに駐車場にはまだ空きがあった。登山客というよりも仙台方面を中心に全国からの山スキーの登山者がほとんどだ。女性が少ないのも山スキーの特徴だ。
 7時半、登山開始。くもり空だがまったくの無風。雪の状態は少し緩めの腐れ雪だ。スノーシュ―をはくほどではない。坪足で行くことにし、念のためザックにスノーシュ―をくくり付けていくことに。
 風がないためか汗が噴き出す。とにかく暑い。1時間15分ほどで八合目七ツ釜小屋到着。体調はあまり良くないようだ。ここから小屋に入ってスノーシュ―をデポ、アイゼンをはいて九合目の舎利坂を目指した。急坂を登りはじめる。ここからが本番だ。小屋で栄養補給(あんパンとドリンク飲料)したのが良かったのか、スノーシュ―をデポしてザックが軽くなったからか、体調は元に戻って快調に高度を稼ぎはじめた。疲れもないし汗もとまった。朝に飲んだアミノバイタルとキヨ―レオピンが効きはじめたのかもしれない。汗をかき切ったあたりから調子が出てくる、というのが最近のパターンだ。
 八合目の小屋を出ると、すぐに山の全体(七高山の頂上)が目の前に立ち現れる。四方がすべて美しい眺望だ。山頂を見ながら登る山はいい。目標のゴールが目の前に常に見えるのだから。それにしても大きな山だ。冬の間は毎週のように小さな里山を歩いていた。だから突然こんな巨大な山に彷徨うと、「雑魚10匹よりも大物1匹」というフラチな言葉が頭の隅にちらついた。

七高山頂上で(後ろが新山)

同行のSさんは身も軽やか
 九合目の舎利坂あたりで少し疲れが出てきたが、息が上がることも痙攣の兆候もない。やはり体調はいい。
 山頂までは三時間半。何のトラブルもなく、天候も時間とともによくなる一方だ。雲やガスで山頂の姿が隠れてしまうことが一度もない、ってこんな環境で登る鳥海山って、年に何回あるだろうか。少なくとも私は初めて。頂上でも信じられないことに無風、寒くもなかった。風がないのだ。まるで300mクラスの里山ハイキングの気分で、ゆっくり昼食をとり、写真撮影を楽しみ、おしゃべりに興じて、2千mからの眺望を存分に楽しんだ。
 30分以上、頂上で過ごしてから下山。下山は尻スキーが定番だが、怪我が怖いのでしっかり足で歩いて帰ってきた。
 ここでも犬を連れて登ってくる中高年者がいた。これで3週連続、犬連れ登山者を見たことになる。
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 鉾立登山口には「ペット連れ込み禁止」の看板が立てられている。祓川にはそうした表示はないが、基本的には山への犬の連れ込みは遠慮すべきだ。「かわいい」などと言って、頭をなでたりする登山者がいるから、犬連れも罪悪感なく、子供を連れてくる気分でペットを連れてくるのだろう。その気持ちもわからないではない。
 しかし、たとえ健康管理されて見かけは健康な犬であっても、ほかの動物にも感染する病原体をもっている。それが野生動物の間で流行すると大量死に至ったり、希少野生動物の場合は絶滅の危険がある。ワクチンを接種したからといって、犬の体内からウィルスがゼロにはならない。特にジステンパーワクチンの場合は、ウィルスを弱めただけの生ワクチンなのでウィルスが活きている。ジステンパーウィルスは高山帯の希少動物だけに感染するわけではなく、タヌキやイタチなど里山の動物にも感染する。東京では1991年に犬の間に流行していたジステンパーウィルスが原因でタヌキの大量死が発生している。ジステンパーウィルスは飛沫・接触感染するので、唾液などからも感染し、糞を処理したからといって感染を防げるわけではない。ウィルスの感受性は動物によって違うので、ジステンパーワクチンで犬がジステンパーを発症することはないが、イタチ科の動物は感受性が高く、ジステンパーワクチン由来のウィルスでも感染して死亡することがあるのだそうだ。
 以上のことは、うちから多くのアウトドア系の本を出している著者の日野東さんから教えていただいたことだ。
 3週連続での犬連れ遭遇で、今回ばかりは、不愉快になるのを承知で注意をしてみた。案の定、言われたオヤジはムスッとした顔で無視。中には逆ギレする登山者もいるので要注意、と日野さんにはいわれていたが、そのとおりだった。それにしても、登山や動物の専門家でも、野生動物の感染実態を知らない人がけっこういるのだそうだ。
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 下山は1時間40分。私たち以外はほとんどが山スキーなので、ものの15分ぐらいで下りてくる。
 温泉はブナの原生林に囲まれたロケーションが素晴らしい「フォレスタ鳥海」。ここはホテルになっていて全室から鳥海山が眺望できる、というのが売り。露天風呂も広くて清潔感あふれ、いい温泉だった。
 ここに来たのは3回目ぐらいか。前のことはあまりよく覚えていないが、フロント女性の控えめな接客がすばらしい。ホテルとしてのポリシーなのだろう館内の目立つところに自動販売機がない。レストランはガラス張りで外のブナ林に囲まれて食事ができる。この夏、長女の家族が遊びに来たら、このホテルをとってやろうか。ここなら子供の遊び場も豊富だし、大人たちの散歩道や食事にも充分耐えられる。秋田には珍しい大人のリゾートホテルだ。

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●No. 1 草紅葉の海で、なぜかパエリア
●No. 2 贅沢お昼と、お気に入り温泉
●No. 3 白神のブナの森を彷徨う
●No. 4 南八幡平の自然休養林を歩く
●No .5 巨木の森で、雨に追われて
●No. 6 何が悲しくて、遠い県境の雨の山へ(+クマの話)
●No. 7 「キジ撃ち」慣れ、増える体重、初めての山
●No. 8 雹に雷とスパイク長くつ、是山の山
●No .9 賞味期限切れ食品がうまい、きれいな三角山
●No.10 生きものたちと出あい、ラーメンうまい雪の山
●No.11 はじめての朝市、風格の天然杉、泥土のババ落とし
●No.12 雪と風とツェルトとストック
●No.13 「靴納め」はダブル山行、かててくわえて忘年会
●No.14 これが今年最後の山行です、信じてください!
●No.15 桜のつぼみが大きいから、春は早い……
●No.16 彷徨っても漂っても、頂上は遠い
●No.17 動物の足跡がないのは、「なまはげ」がいるからだ
●No.18 どんな山でも、なにか新しいことを学べるもんだ
●No.19 「山があるんで、お先に」って言ってしまった夜
●No.20 大滝を見にスノーハイク、帰りは古民家見学
●No.21 冬は近場にこそ遊び場がある+ついにシュールストロミング開缶!
●No.22 山頂で野点、そうか今日は「桃の節句」か
●No.23 青空、中岳、ひとりぽっち
●No.24 石仏に村人はどんな思いを託したのだろうか
●No.25 冬限定、地図に名前のない山に登る
●No.26 登山道のないやぶ山で、昆虫になる
●No.27 ダブル登山で、県北の春山に酔う
●No.28 GWは雪の回廊を抜け、強風の山頂に立つのが夢
●No.29 街から7キロ先に、千メートル級の山があるの?
●No.30 下水掃除と宮沢賢治とアイゼン登山

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