No.40
面白みはなくても、一度は登ってみたい虎毛山
[虎毛山(1433m・湯沢市――2013年8月4日)]
 一般的にいわれる秋田県の難関コースは和賀岳、神室山、虎毛山の三山といわれている。今年の夏になってから焼石2回、和賀岳、山小屋泊りの岩手山、そして今回の虎毛山と難関コースを毎週のように登っている。
 これはリーダーのSシェフが、いまだ未踏峰の県内の山が数多くある私に気を使って山行スケジュールを組んでくれたおかげだ。今回は虎毛山に登って、大物はほとんど片付いた。あとは真瀬岳や大仏岳、馬場目岳、牛形山、山伏岳といったあたりが残る未踏峰である。
 このごろ体調もいい。6月の焼石岳あたりから早起きが苦痛でなくなり、汗をかいても山頂で全身が冷えて震えることもなくなった。何よりも前進したのは、食欲が出てきたことだ。前までは登るだけで全精力を使い果たし、山頂にたどり着いてもまったく食欲がわかなかった。山登りを始めて4年ほどは、山頂でものを食べられない時期が続いたほどだ。それがいまでは登っている最中に昼飯が待ち遠しいほど、腹がすく。
 全国には虎(寅)の文字が付いた山や峠は9つある。その最高峰が秋田の虎毛山だ。もともと「寅年」になると全国から多くの登山者が訪れるので有名になったが、近年は阪神タイガースの熱狂的なファンの間でも「優勝祈願の山」として名をはせている。
 名前の由来は山腹のある幾条かの沢が縦に流れ落ちていて、秋の紅葉の頃には、これがまるで虎の皮模様のように見えることから名付けられた。
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 唯一のコースである赤倉口から登り始める。登るといっても本格的な登山口である赤倉沢渡渉点まではダラダラした沢沿いの林道を4キロ以上歩かなければならない。これで1時間。ここからいきなり急峻が600m続き、2時間ちかく登りっぱなしのハイライトになる。林の中を登るので景色は見えない。サワグルミやミズナラ、トチの巨木が目を楽しませてくれる以外は、これと行って何の楽しみもない。
 稜線に出ると、ようやく、やさしいドーム形の山頂全体が見えてくる。ここから山頂まではダラダラのアップダウンで、1時間は見たほうがいい。今回の山行は6人のメンバーだったが、全体にペースが速く、約3時間半で登頂した。
 頂上には去年新築された避難小屋があった。まだ木の香りがするほっかほっかのきれいな小屋だ。どこかで見たことがあると思ったら、お隣の高松岳のものと同じ構造の建物だった。設計図が同じだったのだろうか。
 山頂を裏側に少し下りると見事な池塘がある。その向こうに雄大な栗駒山が見える。全体的に人が来ないせいか山道は荒れている。荒れてはいるが、周辺には原生流域が広がっている。荒々しい自然の息吹を実感できる。ちなみに「原生流域」というのは環境庁が指定した、人為的影響のない河川の集水域が1000ha以上まとまっている地域を言うのだそうだ。虎毛には北面や東面に3620haの原生流域がある。秋田県はこの原生流域面積比率が新潟県に次いで全国2番目に多いのだそうだ。

途中のオブジェ坂にて

山頂の池塘で
 下山は3時間。登りと対して時間が違わないあたりに、この山の難関たる所以がありそうだ。林道のダラダラ歩きは本当に疲れる。下山は特にそれを実感する。虎毛山の人気がいまいちなのは、この林道歩きがあるからかしら。
 自分にとって、いつかは登りたいと思っていた山だったので、こうも早く実現するとは思っていなかった。だから登頂は素直にうれしい。県内だからといって、いつでも気軽に、山のサークルでいけるタイプの山ではないのだ。ある程度の技術や知識、体力はもちろん、しっかりしたリーダーに恵まれないと、危険が多い。Sシェフに感謝したい。
 温泉は「秋の宮山荘」。たいそう立派な建物で、なかも豪華だ。もともとは県の保養施設だったという。なるほど。県内で立派な施設はほとんど税金で建てられたものだ。それが経営難で民間に委譲され、なんとか維持されている。そんな建物ばかり、と言っても過言ではない。お風呂は少し熱めだが、広々とした露天風呂もあり、申し分ない。でも入湯料600円って、ちょっと高くない?

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●No. 1 草紅葉の海で、なぜかパエリア
●No. 2 贅沢お昼と、お気に入り温泉
●No. 3 白神のブナの森を彷徨う
●No. 4 南八幡平の自然休養林を歩く
●No .5 巨木の森で、雨に追われて
●No. 6 何が悲しくて、遠い県境の雨の山へ(+クマの話)
●No. 7 「キジ撃ち」慣れ、増える体重、初めての山
●No. 8 雹に雷とスパイク長くつ、是山の山
●No .9 賞味期限切れ食品がうまい、きれいな三角山
●No.10 生きものたちと出あい、ラーメンうまい雪の山
●No.11 はじめての朝市、風格の天然杉、泥土のババ落とし
●No.12 雪と風とツェルトとストック
●No.13 「靴納め」はダブル山行、かててくわえて忘年会
●No.14 これが今年最後の山行です、信じてください!
●No.15 桜のつぼみが大きいから、春は早い……
●No.16 彷徨っても漂っても、頂上は遠い
●No.17 動物の足跡がないのは、「なまはげ」がいるからだ
●No.18 どんな山でも、なにか新しいことを学べるもんだ
●No.19 「山があるんで、お先に」って言ってしまった夜
●No.20 大滝を見にスノーハイク、帰りは古民家見学
●No.21 冬は近場にこそ遊び場がある+ついにシュールストロミング開缶!
●No.22 山頂で野点、そうか今日は「桃の節句」か
●No.23 青空、中岳、ひとりぽっち
●No.24 石仏に村人はどんな思いを託したのだろうか
●No.25 冬限定、地図に名前のない山に登る
●No.26 登山道のないやぶ山で、昆虫になる
●No.27 ダブル登山で、県北の春山に酔う
●No.28 GWは雪の回廊を抜け、強風の山頂に立つのが夢
●No.29 街から7キロ先に、千メートル級の山があるの?
●No.30 下水掃除と宮沢賢治とアイゼン登山
●No.31 青空・無風・トラブルなし。雑魚10匹より大物1匹
●No.32 みんな嫌がるけど、オレは好きだヨ、東山
●No.33 週末連続登山で、体力は大丈夫か、ジブン
●No.34 地元のプロと一緒だと、山歩きは百倍楽しい
●No.35 ブナと滝のシャワーを浴びて、少し元気になってきたゾ
●No.36 あれッ、なんだか人並みに体力がついてきたかな
●No.37 雷に追われ、山小屋泊まり、ガスっても岩手山は美しい
●No.38 県内最強のタフな山で、野立の誕生会
●No.39 中央アルプスで観光登山、それもまた楽し

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